意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。
簿記3級の試験範囲になる会計知識を分かりやすく解説するシリーズ、今回は「商品の繰越処理」について説明します。
繰越処理とは、簡単に言えば「在庫を貸借対照表の資産に載せるための処理」であり、最も基本的な決算処理の1つです。
商品の処理について、まずは多くのエンジニアにとって身近な存在、レッドブルを例に考えます。
とあるエンジニアは、デスクの横にいつもレッドブルのストック(資産)があります。帰社する時点では、レッドブルが3本ありました。翌日、気合も新たにレッドブルを2本買いました。何本か消費し、帰社前にもう一度数えてみると、残っていたレッドブルは1本でした。
飲んだレッドブルは(3+2)−1=4本です。簿記では、「買った数」と「帰社時の数」を数えます。これが、商品の繰越処理における基本です。
実際のビジネスでは、「飲んだ数」を飲んだ段階でカウントしておき、後で本当に4本だったのか、確認する作業(=棚卸)を行います。
さて、今度はもう少しビジネス寄りの話で考えましょう。A社は、PCをメーカーから仕入れて販売しています。
レッドブルの例における「飲む」とは、売上計上のタイミングを指します。何をもって売上計上するかは企業によって異なります。
コンビニであれば、レジで商品と引き替えにお金を受け取るため、その時点で「売れた」と判断します。 自動車販売ディーラーでは、運輸局に買い手名義で車両登録した時点を「売れた」と判断しているようです。
世の中にはいろいろな企業があるため、「売れた」と判断する基準は、企業がある程度、柔軟に解釈することが認められています。
A社は、得意先に出荷したときに売上を計上しているとします(出荷基準)。そのため、自社倉庫から出荷していないPCの数を毎日、数えます。注文が入っていて、どこに出荷するのかが決まっていたとしても、まだ出荷せずに倉庫にあるなら、数える対象です。さらに、今日仕入れたPCの数も数えておいて、出荷したPCの数を割り出します。
PCの売価が13万円で、仕入れ値が10万円、昨晩は10台残っていて、今日10台新たに入荷し、今晩見ると5台になっていたとします。そうすると出荷したPCは15台です。
この数える作業を「実地棚卸」と呼びます。毎日は行いませんが、会計年度末には、ほぼ必ず行う作業です。
次に、繰越時の仕訳です。レッドブルの場合、仕訳は、下記のとおりです。
(単位:個数)
仕入 3 / 繰越レッドブル 3
繰越レッドブル 1 / 仕入 1
昨晩の帰社段階で残っていた3本のレッドブルを仕入(費用項目)に振り替え、今晩残っている1本のレッドブルを仕入から抜いて、資産に振り替えます。
実地棚卸は、上記の“1”を把握するために行っている作業といえるでしょう。
なお、本日購入したレッドブルの仕訳は
仕入 2 / 現金 2
となりますから、最終的な仕入(=売上原価)は「3−1+2=4」です。
PCの場合に当てはめてみると、以下のようになります。
仕入 100万円 / 繰越商品 100万円(10万円×10台)
繰越商品 50万円 / 仕入 50万円(10万円×5台)
よく「しいれくりしょう、くりしょうしいれ」と呼ばれる仕訳です。本日購入分の仕訳は、下記のようになります。
仕入 100万円 / 現金 100万円(10万円×10台)
最終的な仕入(=売上原価):100−50+100=150万円
A社は当然、売れたPCの数もカウントしています。そうしないと、得意先に正しく請求することができないからです。
実地棚卸では、売れたPCのカウントが正しいかの半面調査という意味合いもあります。むしろ、実務ではその意味合いの方が強いかもしれません。
A社で、営業部門で売上処理したPCの台数が14台であることが判明したとします。実際に数えた在庫数は5台なので、出荷したPCは15台のはず……。営業部門で調べた結果、ある担当者の出荷報告が漏れていることが発覚しました。
在庫の減少を1つ1つカウントした帳簿上の在庫数と、実際にカウントした在庫数は、意外と違うことが多いです。実地棚卸をすることによって差を把握し、ミスを減らせます。
最後に、実地棚卸について振り返っておきましょう。
月末や会計期末などに、在庫の実数をカウントする業務。売上前の在庫金額の確定や、売上計上漏れのチェックなどを目的として行われる。
会計士の仕事をしている中で、さまざまな企業の実地棚卸に立ち会ってきました。企業ごとに扱う在庫は、不動産や電子機器、化学製品などさまざま。在庫管理システムの仕様にも企業ごとに、いろいろなノウハウが隠れていることでしょうね。それではまた。
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。
イラスト:Ayumi
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