おいくらですか猫型ロボット――会計用語“のれん”を学ぶお茶でも飲みながら会計入門(65)

意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。

» 2012年02月17日 00時00分 公開
[吉田延史公認会計士]

本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。


会計用語「のれん」って何だ?

 パナソニックは2月3日、2012年3月期連結最終損益(米国会計基準)が7800億円の赤字(前期は740億円の黒字)に膨らむと発表した。

  ……中略……

 12年3月期の赤字額が従来予想の4200億円から7800億円に拡大するのは、09年に三洋電機買収で発生した「のれん」と呼ぶ資産の減損処理として新たに2500億円の損失を計上することが主因だ。(日本経済新聞 2012年2月4日朝刊より)

 パナソニックが、業績予想修正を発表しました。従来予想から赤字額が増加した原因として、「のれん」の処理による損失計上が挙げられています。

 この「のれん」という言葉は日常でも使いますが、会計の専門用語としても使われるのをご存じでしょうか? 今回は会計的な意味での「のれん」について解説します。

【1】ドラえもんの価格はおいくらですか

 さて皆さんは、ドラえもんを購入するなら、いくら払ってもいいと考えますか?

 考え方はいろいろあるでしょうが、ここではドラえもんの持つ「ひみつ道具」の価値がそれぞれいくらかを考えてみます。

 スモールライトやどこでもドア、タケコプターなど、すべてのひみつ道具をひっくるめて、1兆円くらいの価値がありそうだ、と見積もってみましょう(もっと多い/少ないというご意見はあるでしょうが……)。

 ならば「ドラえもんの価格が1兆円か?」といえば、答えはNoです。ドラえもんがいなければ、ひみつ道具の使い方が分かりません。そのため、ドラえもんにはひみつ道具の集合以上の価値があるのです。

 その結果、ドラえもんの価値は例えば1兆円より高い1兆5000億円になります。このひみつ道具以上の価値が「のれん」と呼ばれるものの正体です。

 この場合、のれんの金額は1兆5000億円−1兆円=5000億円となります。

【2】 三洋電機の「のれん」

 次は、実際にある企業ののれんを例にとります。パナソニックは2009年12月に三洋電機の議決権の過半数を取得し、支配権を獲得しました。下記は、当時の資産・負債それぞれの金額です。

(単位:億円)
現金及び現金同等物
2,289
その他の流動資産
6,537
投資及び貸付金
1,056
有形固定資産
4,044
無形固定資産
4,941
その他の資産
485
資産合計
19,354

流動負債
6,066
固定負債
9,071
負債合計
15,137
資産合計−負債合計=4,217
(パナソニック 2011年3月期有価証券報告書より)

 これらは、ドラえもんの例でいうところの「ひみつ道具」それぞれに相当します。先ほどと同様に三洋電機の価値は資産・負債それぞれの合計以上の価値があります(ただし負債はマイナスの価値)。例えば、太陽電池や充電池を開発・製造していく中で培われた社風や、人材のパワーなどです。

 こうしたものは、不動産や何かの権利などのように、具体的に識別することはできませんが、三洋電機の価値を構成する要素には違いありません。実際、パナソニックも三洋電機の支配を獲得するとき、資産・負債それぞれの合計を超えるお金を出しました。これが「のれん」と呼ばれるものです。

 のれんは企業会計においては、資産として認識されます。ちなみにこれは、買収などの場合にのみ発生するものであり、いかに自社の社風や人材が素晴らしいからといって、のれん(資産)として計上することはできません。

 パナソニックが払ったのれん金額は、実際に議決権のある株式を買ったときの値段から、上記の資産・負債それぞれの合計額を差し引くことによって求められます。議決権のある株式を買ったときの値段は9361億円(厳密には外部株主分が考慮されたものですが、複雑になるため割愛します)なので、のれんは9361億−4217億=5144億円になります。

【キーワード】 のれん

 ある会社を買収したり合併したりした場合に、資産・負債それぞれの合計を超えて出した金額のこと。


【3】 「のれん」は、資産にも損益にもなる

 今回は、のれんがどういうものかを紹介しました。のれんは資産に登場するのですが、資産価値を主張できるのは、買収事業が順調に利益を上げている場合に限られます。事業が不調になった場合には、のれんの資産価値が否定され、損失として認識されます。

 パナソニックにおける三洋電機部門の事業の状況について、最近の開示資料をもとに確認してみましょう。

  • セグメント情報における 営業利益(△は損失 単位:億円)
2009年度
2010年度
2011年度(第3四半期まで)
三洋電機
△7
△80
△470
(パナソニック2012年3月期第三四半期決算短信より)

 損失が拡大しており、事業が順調でないことが分かります。このような状況においては、のれんの資産価値は否定され、「損失」として認識しなければなりません。今回パナソニックは、このような状況を踏まえて、三洋電機を買収した際に発生したのれんを損失として認識し、大きな赤字になるとしているのです。

 のれんはよく「超過収益力」という言葉を使っても説明されます。超過収益力とは同業他社にない強みであり、本文で解説したような社風や人材のパワーなどがその一例です。少し前にはスクウェア・エニックスが、のれんの損失処理を行ったことで話題となりました。のれんのもう1つの意味を知っておくと、ニュースが読みやすくなるかもしれませんね。それではまた。

お知らせ

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吉田延史(仰星監査法人/公認会計士) 著
インプレスジャパン
2012/02/17
ISBN-10: 4844331485
ISBN-13: 978-4844331483
1575円(税込)

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筆者紹介

吉田延史(よしだのぶふみ)

京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。

イラスト:Ayumi



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