意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。
「役員報酬が1億円以上なら個人ごとの報酬総額などを示す個別開示が、6月末が提出期限の2010年3月期の有価証券報告書から全上場企業で始まる。投資家らが企業統治の透明性が高まると期待する半面、経済界にはプライバシーの侵害との反発が根強い。開示を避けるため報酬を抑えるなどの動きも出そうだ (「企業の役員報酬6月から個別開示 1億円以上、透明性期待」より抜粋)。
上記のとおり、今年の3月決算において、年間1億円以上の給与をもらっている上場企業の役員は、個人名が開示されることになりそうです。
組合や360度評価などがあったとしても、従業員給与は最終的に役員が決定すると考えられます。では、社長をはじめとする会社役員の給与はどのように決まるのでしょうか? 今回は、「役員給与の決まり方」について解説します。
以前にも何度かお話ししていますが、あらためて株式会社の成り立ちについて説明します。すべての株式会社は、「株主が出資したお金を用いて事業を営み、利益を出して株主に還元する」ことを至上命令とします。役員も従業員も顧客も会社に不可欠な存在です。そのため、「会社は従業員のもの」という意見がありますが、少なくとも株式会社の仕組みを話すうえでは「株式会社は株主のもの」です。
会社の持ち主である株主からの視点で見た場合、役員給与は「会社からお金が流出している」ことになります。また、従業員の給与は役員によって見張られていますが、役員の給与はそうではありません。そのため、法律では「役員(取締役)の給与・賞与などに関しては、年間総額の上限を定め、株主の承認を得る必要がある」とされています。上記について、具体的に2つの典型的な企業の場合に分けて見ていきましょう。
社長が大株主である企業では、会社のほとんどの事項について社長が決定権を持ちます。社長が受け取る給与・賞与の年間総額を決めるのは「社長ではなく株主」ですが、社長が大株主を兼ねているため、結果的に社長が自分の給与支給額を決められるわけです。親族で経営している同族企業では、上記のような状況がよく起こります。「同族企業」という言葉は、会計以外のビジネスの場面でもたびたび出てくるため、覚えておいて損はないでしょう。
親族で経営している企業のこと。社長の経営能力が企業成績に直接的に跳ね返ってくることが多い。典型的な例として、社長をはじめとする親族が大半の株式を保有している中小企業が挙げられる。
同族企業の多くは中小企業ですが、大企業の中にも同族企業はあります。例えば、サントリーや竹中工務店などは同族企業です。
有価証券報告書の提出が必要な上場会社などではない場合、役員報酬が1億円以上だったとしても開示の対象にはなりません。そのため、大半の中小同族企業は、開示対象にはなりません。
【2】以外の上場企業の場合は、株式の売買が取引所を通じて行われるため、投資家が株式の大半を所有しています。投資家からすると、社長の懐がいくら温かくなっても自分たちの投資の元を取ることはできません。むしろ、会社財産が流出するという点で、過度に高額な報酬の支給は面白くありません。
つまり、社長の給与は投資家たちに注目されているということになります。法律で定められる役員報酬の総額上限については、通常はすでに株主の承認を得ているため、いつも株主総会の議題となるわけではありません。そのため、株主の目がいつも届いているわけではないのです。とはいえ、社長が自身の報酬を増やそうとした際、その金額が過去に承認を得た枠を超えるときは、株主総会の決議が必要になります。このような点で、株主の見えないプレッシャーがあるのは事実です。
今回、上場企業の年間1億円以上の役員報酬が個別開示されるのは、プレッシャーをより具体化する狙いがあるとされています。「自分たちの給与を容易に決めてしまうことができる状況に、もっと圧力をかけるべきだ」ということなのでしょう。多くの企業で、従業員に強いプレッシャーがかかっている昨今、高給を取っている役員にプレッシャーがかかるのも、時代の流れなのかもしれませんね。それではまた。
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。
イラスト:Ayumi
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