意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど。すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。
「コンビニエンスストア二位のローソンは二十四日、同七位のエーエム・ピーエム・ジャパン(am/pm)を買収する方針を固めた。買収額は百五十億円前後になる見通し。am/pmの親会社であるレックス・ホールディングスなどから全株式を買い取り、完全子会社化する」(2009年2月25日 日経新聞朝刊1面 )
ここ数年、さまざまな会社が買収交渉を行い、そのたびに新聞をにぎわせています。この買収という取引は、新聞を読むだけではなかなか全貌をつかむのが難しいと思います。今回は、ローソンのam/pm買収という事例から取引の流れ、およびレックス・ホールディングスを含む当事者の思惑を解説します。
まず、買収といってもその対価はいったい何なのでしょうか。それを知るために、株式会社の基本構造を見ておきましょう。株式会社については会社法で詳細に規定されています。すべての株式会社で行われるのが、株主総会です。株主総会は株式会社の最上位意思決定機関であり、株主総会での決議は、株主の多数決により行われます。取締役の選任や、他社への事業譲渡、他社との合併、会社の清算などの重要事項は、株主総会で承認されると、社長といえどもその決定に逆らうことはできません。また、株主の多数決といっても、100株持っている株主は100票の議決権を与えられるのに対し、1株しか持っていない株主は1票の議決権しか与えられません。
株式会社の最上位意思決定機関。株主に、保有する株式数に応じた票数が与えられ、多数決により決議される
ちなみに、社長も株主になることができるので、小さい会社ではたいてい社長が大株主になり、社長の意思と株主総会の意思が一致します。
ローソンが実施する買収の対価は第一義的には、株主の地位、つまり、am/pm株式のすべてです。全株式を取得することで、am/pmの株主総会の意思決定を完全にコントロールすることができます。
ローソンの思惑を見たところで、次に現在の親会社であるレックス・ホールディングスの立場からこの取引を検証します。レックス・ホールディングスからすると、am/pmは子会社であり、株主総会の意思決定をコントロールできる立場にありますが、レックス・ホールディングスにとってam/pmは悩みの種だったと想像されます。それは、am/pmの直前期の貸借対照表の概要を見ることによって分かります。
買収対象会社であるam/pmの概要(2008年12月期見込み) | |
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総資産 | 433億円 |
純資産 | △139億円 |
出典:「株式会社ローソン 株式会社エーエム・ピーエム・ジャパン 基本合意書締結に関する説明会」 |
負債は、「総資産−純資産」で求められますので、433−(−139)=572億円です。つまり、am/pmは、資産より借金のほうが大きい債務超過会社だったのです。仮にいま、レックス・ホールディングスが支配権を行使して、事業を清算し、資産を売却して負債の返済に充てても139億円足りないことになります。もっとも、資産が現在の時価で計上されているわけではないですが、139億円を補填できるほどの含み益のある資産はないと想像されます。
そんな財務状況にあるam/pmですから、レックス・ホールディングスからすると、これから先、負債を吹き飛ばすような大儲けができる期待もそう大きくなく、支配権を買い取ってくれる先を探していたのです。
そういった状況で、ローソンが買い取りに名乗りをあげたのです。ローソンとしても、am/pmは借金の方が大きい会社ですから、大幅なディスカウントを要求し、以下のような取引条件で合意されました(厳密にいうともっとややこしいですが、実質的には以下のように考えられます)。
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上記の取引は一体のものと考えるべきで、ローソンはam/pmの支配およびam/pmに対する200億円の貸付金をおよそ150億円で取得したということになります。レックス・ホールディングスは損をする取引ですが、このまま事業継続を続けるともっと損失が大きくなるかもしれないので、やむを得ないと判断しています。一方ローソンは、am/pmが立ち直ってくれない限り、株式は紙くずとなり、200億円の貸付はすべて貸倒損失ということになります。ローソンとしてもそれを承知の上で取引に合意しています。いったいなぜでしょうか。
投資先などに貸したお金のこと。借りた側(ここではam/pm)は返済義務を負う。一方株式は、発行側(ここではam/pm)が返済義務を負わない。この点で貸付金と株式は決定的に異なる
現状、am/pmは財務諸表だけを見ると資産価値のない会社ですが、ローソンにとって魅力的な部分があるのです。これまで、am/pmは独自システムで、仕入れルートやコンピュータシステム、商品の輸送体制などを構築してきました。しかし、それはローソンやファミリーマートに比べると小規模であり、規模のメリットを十分に生かしきれてなかったかもしれません。その点ローソンは、すでに全国レベルでそれらを構築していますので、ローソンがam/pmをグループに収め、am/pmにローソンのシステムを利用してもらうことで、そういったコストの削減を見込むことができます。
また、ローソンはセブンイレブンやファミリーマートに比べて、東京都内に開設している店舗が少ないという特徴があります。以下は東京都都内の店舗数の各社別の比較資料(各社Webページ参照)です。
ローソン (2008年8月時点) |
ファミリーマート (2009年2月時点) |
セブンイレブン (2009年2月時点) |
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932 | 1109 | 1619 | |
am/pmは東京都内を中心に店舗を持っています。そのため、ローソンはam/pmを買収しても、既存の店舗同士の競合は起こりにくいと判断しています。
ほかにもローソンはフランチャイズ店契約や、商品のタイムリーな入替手法など、コンビニ経営に関するノウハウを豊富に持っています。それは、外食店経営を主軸とするレックス・ホールディングスにはないものです。ローソンはこれらの条件を十分に吟味し、am/pmの債務超過を劇的に改善できると見込み、現状の資産価値を超える高いお金を出してam/pmの支配権を取得することにしたのです。
企業買収は、取引が高額で何度も行うものではないため、多くの場合、さまざまな状況を考慮して複雑な条件で契約されます。しかし、どの取引も本質的には、(1)買収する会社の支配権(株式)をめぐる取引であり、(2)買収する側は通常、買収対象会社の資産の実質的な価値を超えた金額で契約し、(3)それは自社との相乗効果を狙ったものであること、に注意すると、取引の全貌が分かりやすいですね。それではまた。
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。
イラスト:Ayumi
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