意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど。すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
「任天堂は29日、2009年3月期の連結営業利益が前期比9%増の5300億円になる見通しだと発表した。<中略>純利益は、11%減の2300億円の見通し。<中略>外貨建ての金融資産などに絡む為替差損が通年で約2000億円にふくらみ、減益となる。」(2009年1月30日、日経新聞朝刊1面)。
任天堂は、WiiやニンテンドーDSの販売が非常に好調で2009年3月期の営業利益は過去最高となりますが、円高の影響で純利益は減少する見通しです。なぜ任天堂は、営業利益が増加するのに、純利益は減少する見通しとなったのでしょうか。今回は、円高が会計に与える影響について解説します。
外貨建てで取引を行う場合、取引時点において受け取ることのできる金額は、外貨ベースでは確定しているものの、日本円では未確定です。例えば販売代金を1ドル回収したとして、そのときのレートが1ドル=100円であれば、受取額は100円になるものの、1ドル=90円であれば、受取額は90円にまで下がってしまいます。円高とは1ドル=100円から1ドル=90円になる状況をいいます。海外へ販売する輸出企業から見ると、上記のような円高は、国内において1割引で売っているのと同じくらいの痛手を被っていることになります。
外貨での資金の収支額は確定しているにもかかわらず、円に換えるときに金額が上下することによって、損失を被るリスクを為替リスクと呼びます。為替リスクは、自国通貨以外の通貨(外貨)建てで取引を行っている限り、常につきまとうリスクです。
外貨での資金の収支額は確定しているにもかかわらず、円に換えるときに金額が上下することによって、損失を被るリスク
海外取引の会計処理について、具体例を用いて説明していきます。3月決算のゲーム機メーカーのA社が、ゲーム機を米国に輸出する契約を締結したとします。契約額は1台当たり100ドルで2台同時に1月に200ドルで売り上げて、1台(100ドル)は2月末に、1台(100ドル)は4月末に、それぞれドルで回収するものとします。
(1)1月の売り上げ時(1ドル=100円とします)
売り上げ時のレートで換算した円貨(2万円)で売り上げを計上します。この際、現金取引である場合を除いて、手元に外貨は来ないので売掛金として2万円が計上されます。その際の仕訳は以下のとおりです。
売掛金 2万円 / 売り上げ 2万円
(2)2月末の回収時(1ドル=90円とします)
決済時には、回収した外貨を円に換えます。売掛金はゲーム機1台分の1万円減りますが、もらえる現金は9000円です。差額1000円は為替差損として営業外費用に計上されます。その際の仕訳は以下のとおりです。
現金 9000円 / 売掛金 1万円
為替差損 1000円
(3)3月末の決算時(1ドル=80円とします)
期末に残っている外貨建債権は、期末日の為替レートで再評価されます。4月末回収予定で残っている売掛金100ドルについては8000円に目減りします。その際の仕訳を示すと以下のとおりです。
為替差損 2000円 / 売掛金 2000円
先ほどとは逆に輸入する企業の場合を見てみましょう。1ドルの支払を行うとすると、1ドル=100円の場合には、支払いは100円を1ドルに換えて支払うこととなりますが、1ドル=90円の場合は90円を1ドルに換えて支払えば済むこととなります。今度は逆に1割引で買えて得をしたということになります。
3月決算のB社が石油をサウジアラビアから輸入する契約を締結したとします。契約額は総額200ドルで1月に仕入れて、そのうち100ドルは2月末に、100ドルは4月末に、それぞれドルで支払うものとします。その場合の具体的な会計処理を以下に示します。
(1)1月の仕入時(1ドル=100円とします)
仕入額は仕入時のレートで換算した2万円になります。この際、現金取引である場合を除いて、手元に外貨は必要なく買掛金という負債として、2万円が計上されます。その際の仕訳を示すと以下のとおりです。
仕入れ 2万円 / 買掛金 2万円
(2)2月末の決済時(1ドル=90円とします)
決済時には、円をドルに換えて支払いに充当します。決済時には、1ドル=90円だったとすると、買掛金は100ドル分に相当する1万円減らしますが、支払う現金は9000円になります。差額1000円は為替差益として営業外収益に計上されます。その際の仕訳を示すと以下のとおりです。
買掛金 1万円 / 現金 9000円
/ 為替差益 1000円
(3)3月末の決算時(1ドル=80円とします)
期末に残っている外貨建債務は、期末日の為替レートで再評価されます。4月末支払予定で残っている買掛金100ドルについては、8000円に目減りします。その際の仕訳を示すと以下のとおりです。
買掛金 2000円 / 為替差益 2000円
B社では、合計3000円の為替差益が発生しました。輸入取引が多くある企業は、円高により為替で収益を計上しているところが多いのです。
なお、売り上げや仕入れの計上時点で円高である場合には、最初の売り上げ・仕入れ時点で少ない金額で計上され、それによって損得が認識されることとなります。輸出企業である任天堂も円高進行により、売上高が目減りすると予想しています。
A社では、合計3000円の為替差損が発生してしまいました。これが任天堂の純利益を圧迫し、減益となった大きな要因です。
最後に会計システム上必要なデータについて見ておきましょう。会計システム上、外貨入力対応を行うとすれば、外貨ベースの金額と取引発生時、決済時および期末日の為替レートをデータとして保持し、計算する必要があります。
2007年末から2008年末にかけて、ドルは約25円の円高になっています。大手メーカーともなると、1円円高になるだけで数億円から数百億円もの為替損が生じるともいわれますので、そのインパクトがどの程度であったか想像するに難くありません。いまの世の中、海外取引はたいていの企業が行っているため、主要通貨の為替の変動の大局は常につかんでおいて、自社や取引先への影響をつかんでおくのがいいですね。それではまた。
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。
イラスト:Ayumi
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