「会計のデバッグ」がお仕事! 監査法人入門:お茶でも飲みながら会計入門(62)
意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。
今回のテーマ:監査法人入門
オリンパスの損失隠しが明らかになり、「監査法人の責任」に注目が集まりつつあります。ですが、実際のところ、監査法人の業務についてはあまり知られていないのではないでしょうか。
今回は、監査法人の業務と責任について解説します。
【1】監査法人のメインのお仕事は、「決算書のデバッグ作業」
監査法人の主な業務は、「会計監査」です。
これは、IT業界でいうところのデバッグ作業に近いものです。デバッグ作業においては、エラーの起きやすいところに目星をつけて、テストを行ってバグを判別し、修正します。
会計監査でも、デバッグと同じように決算書のうちエラーの起きやすいところに目星をつけて、テストを実施して、エラーを判別していきます。エラーについては、会社に修正を依頼します。会計監査での各作業について、具体例を見てみましょう。
目星をつけるために、監査法人ではさまざまな手法を用います。例えば、「前期との比較」。前期から著しく増減している項目では、異常が起きている可能性があります。売上が大きく増加している場合は、注意して確認すべきということになります。
では、具体的にどのようにしてテストを実施するのでしょうか。方法の1つに、「売り上げを計上したもののうち、未入金である売掛金について、得意先に書面で直接確認する」という方法があります。得意先の回答と会社の計上額に差がある場合は、差が生じる原因を調査します。
テストの結果、エラーが発見された場合には、会社に修正を依頼します。売上が過大だった場合には、売上の取り消しを依頼します。
【2】 すべてのエラーが見つかるわけではない
ソフトウェア開発のデバッグ作業で、すべてのバグを発見することはできません。
同様に、会計監査においても、すべてのエラーを見つけることはできないのです。特に、隠ぺい工作を伴うエラーについては、会計監査では見つけにくいのが実情です。
例えば、売上を実際よりも多く見せようとして、架空の売上を計上し、証拠資料として架空の契約書や、偽の出荷報告書などを作成し、監査法人に正しい売上であると主張される場合があります。
上記の例は、単純ミスに比較して、格段にエラーの発見が難しくなります。近年、世間を騒がせている会計エラーについては、ほぼすべてがこの隠ぺい工作を伴うものといっていいでしょう。
【3】 監査法人の責任はどこにあるか?
すべてのエラーを見つけることはできないといったものの、重大なエラーの見逃しが多発すると、誰も安心して決算書を見ることができません。監査法人の責任は、どう問われるのでしょうか。
監査法人は「専門家としての正当な注意義務」をしっかり果たしたかどうかがポイントとなります。
この点について、医師を例に挙げて考えます。難病患者が、病院で治療を受けているとしましょう。医師として、最善と思われる判断を尽くして手術した結果、残念ながら、その命が助からなかったとしても、その事実だけを持って医師が殺人の罪に問われることはありません。医師は、その場において自分が最善と考える方法により治療を試みます。その判断に基づいて手術を行い、結果として命を救うことができなくても、注意義務に違反したことにはなりません。しかし例えば、誰の目にも明らかな投薬ミスがあった場合には、罪に問われます。
つまり、専門家としての判断が介在する局面においては、その場の判断については、ある程度の裁量が認められているのです。
監査法人における、正当な注意の範囲については、一律に決めることはできません。過去に正当な注意を払っていなかったと判断された(罪に問われた)事例としては以下のものがあります。
●発電設備工事会社ナナボシによる売上の架空計上(平成20年4月18日 大阪地裁判決)
1998年3月期〜2001年3月期にかけて、架空計上の工事があった。公共工事なのに支払い遅延が生じていたり、受注額が高額なのに工期が非常に短く、期首予算に織り込まれていないなど、不自然な点が多かったにもかかわらず、工事が実際に行われているかについて詳細な検討がなかった。
●労働組合の会計監査が不十分だった(平成15年4月14日 東京地裁判決)
労働組合による組合現金の横領。預金資産について、預金通帳実物をチェックしていなかった。また銀行への残高の問い合わせもしていなかった。
【キーワード】 専門家としての正当な注意義務
専門家として、通常払うべき注意義務のこと。どこまでを正当な注意の範囲とするかは一律に規定することができないため、それぞれの事案に応じて判断がなされる。
「正当な注意」というと難しいように聞こえますが、もっとくだいた表現を使うならば「業界における常識」ということになるでしょう。常識を守るというのが、簡単そうで実は難しいことなのだと思います。それではまた。
筆者紹介
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。
イラスト:Ayumi
- 年収1000万円のエンジニアと年収600万円の営業、配偶者控除を受けられるのはどっち?
- 決算短信で読み解く「アイティメディア」の財政状況
- 会計士が解説する「FinTech(フィンテック)って何ですか?」
- なぜ東芝の不正会計事件で「新日本監査法人」に処分が下ったのか?
- 損益計算書に登場する5つの利益“+1”2015年版
- 東芝はどのように工事進行基準を操作して不正を行ったのか
- 実録 あるエンジニアが公認会計士に転身するまで
- 新入社員が必ず知るべき会計用語10選
- 【やってみた】クラウド会計ソフトを使って確定申告の計算をしてみた
- 税込み108円のコーヒー、売り上げは幾ら?
- 円安で得する会社、得しない会社
- 昇給したのに手取りが減った〜あるある話で学ぶ「住民税」
- 泣いたって許されない 経費や政務活動費の不正利用
- PERとPBRと配当利回り〜投資のための指標入門
- 残された5人〜事例で学ぶ「適時開示」入門
- 野原家の収支事情で学ぶ、連結決算の行い方
- 3分で分かる株式入門
- なぜ防げなかったのか〜 IT業界の不正事例
- 売上検収×債務支払×給与 新春三題噺
- 増税反対、5%しか払いません これって誰か損をする?
- トルネコは幾つそろばんを売ればいいのかな?
- 100万円の出どころは? 投資はこうして破綻する
- これで合格!? ITエンジニアのための簿記3級まとめ
- 補助簿で確認。いちごクレープ何枚売れた?
- 「ITエンジニアと会計」素朴な疑問に一挙回答!
- 「そういえばもらったかな?」源泉徴収票を見てみる
- 残った傘は何本ある? 分記法と三分法
- 現金持ってるのと同じ「小切手」、将来の約束「手形」
- 120万の車、3年乗って10万で売却。これって損? 得?
- これで2級もバッチリ! 簿記攻略のための下書きワザ
- 大阪城に非常階段を設置したら? 「固定資産」を考える
- 心の余裕・あせりを数値化する「経過勘定」
- 消費税の増税が、ITシステムに与える影響範囲を考える
- エンジニアは日経新聞のどこを読むべきか
- うっかり漢字間違いしやすい、会計用語まとめ
- うっかり混乱する“よく似た会計用語”まとめ
- 「純資産」=会社の価値を上げる、プランAとプランB
- 「うわ……私の支出、高すぎ?」転職時に知るべき支出のこと
- エンジニアのスタートアップで、会計知識はどれだけ必要か?
- 企業エンジニアとフリーエンジニアの社会保険料を比較する
- 社会保険料は、なぜこの額が天引きされるのか
- おいくらですか猫型ロボット――会計用語“のれん”を学ぶ
- ITベンチャーが採用する“ストックオプション制度”の正体
- オリンパスによる損失隠しの「飛ばしスキーム」
- 「会計のデバッグ」がお仕事! 監査法人入門
- 大王製紙の貸付金問題は、なぜ発見が遅れたのか
- 会計におけるWAN構築、「本支店会計」を知る
- エンジニアの勉強会費は、資産か費用か――繰延資産
- 残ったレッドブルはいくら? 「商品の繰越処理」基礎
- 馬券の例から考える、償却原価法の「金利の調整」
- 東京電力が保有するKDDI株から、「有価証券」を学ぶ
- 続・ITエンジニアとして知っておきたい21の会計知識【ニュース&社内業務編】
- ITエンジニアとして知っておきたい22の会計知識【簿記レベル編】
- ジャストシステムの株式売買から学ぶインサイダー取引
- SIerが出した見積書を、ユーザー企業はどう判断するのか
- IT企業はエンジニアの人月単価をどうやって決めているか?
- 個人に関わる、震災復興支援の税金制度まとめ
- 経理にとってのデスマーチ? 決算業務の過密スケジュール
- 「残念」発言で注目を集めた、MBO基礎
- 理想的なのに採用されないのはなぜ? 直接原価計算
- 製造業が成功する鍵を握る? 「標準原価計算」
- SI企業は、原価=エンジニアをどう計算するのか?
- 簿記はエンジニアの仕事で本当に使える? 会計資格・本音トーク!
- 勘定科目はサーフィンに似ている? 原価計算入門
- アプリ開発ビジネスで独立したら、「消費税」をどう納めるのか?
- アプリ開発ビジネスで独立するなら、知っておきたい「所得税計算」
- 武富士の経営破たんから、貸倒引当金を理解する
- 総額2兆円分! なぜ円高だと“為替介入”するのか
- 会計士が「これはよい!」と腹の底から思う「会計の良書」4選
- ゲームと現実の違いは? 「桃鉄」で減価償却を考える
- 日本企業の決算日、「3月末」が多い4つの理由
- 『美味しんぼ』の究極のメニュー、製造原価はいくら?
- すべての道は会計システムに通ず――会計システム入門
- エンジニアも知っておきたい! 営業の基礎知識
- キャッシュ・フロー計算書から「粉飾決算」を読み解く
- 「なぜあんなに高額?」役員給与を決めるのは誰か
- 意外と知らない? 「退職金」の種類と計算方法
- 元ITエンジニア3人が語る、会計士も楽じゃない!
- 「事業仕分け」「修正予算」って何? 国家予算の全体像
- 倒産してもJALはなくならない! 会社更生法を知ろう
- 公認会計士の「就職難」はなぜ起こっているのか?
- 還付超過はなぜ起こる? 法人税を理解する5W1H
- 年末恒例イベント「年末調整」を理解する
- 知っておいて損はない! 給与明細の見方
- 会計界の洗練されたプログラミング言語――複式簿記
- 出光の営業利益が80億円増加した理由
- JALの危険性が分かる貸借対照表の読み方
- 値下げの限界はどこ? “高速料金800円”の真実
- トヨタが赤字でも株主配当できた理由
- エンジニアのための景気底打ちとIT投資の仕組み
- システム受注にも使われるリース取引の会計処理
- 損益計算書に登場する5つの利益
- 買収の対価って? ローソンのam/pm買収に学ぶ
- 自分が払った消費税、どうやって納められているの?
- ITエンジニアになぜ会計は必要なのか
- 任天堂の減益から読む、円高が会計に与える影響
- 税法と企業会計のずれから生まれる繰延税金資産
- 会計監査でIT全般統制をチェックする理由
- キャッシュ・フロー計算書の仕組みと見方
- 国際会計基準が日本にもやってくる
- IT企業で仕組まれやすい、循環取引の構造
- 決算書をお化粧する、連結外しの仕掛け
- システム導入にかかるコストを損益インパクトで見る
- 黒字倒産が起きるわけとその対策
- 有価証券報告書で気になる企業の給与水準が分かる
- 連結決算って何を連結しているの?
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.