エンジニアの勉強会費は、資産か費用か――繰延資産:お茶でも飲みながら会計入門(59)
意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。
本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。
今回のテーマ:繰延資産
簿記の試験範囲になる会計知識を分かりやすく解説するシリーズ、今回は2級の範囲である「繰延資産」について解説します。
繰延資産は他の資産と比べてかなり特殊です。今回は、勉強会マニアのエンジニアを例にとって解説します。
【1】勉強会をこよなく愛するエンジニアと奥さんの会話
まずは、勉強会をこよなく愛するエンジニア、Aさんと奥さんの会話から。
Aさん じゃあ行ってくるよ!
奥さん 土曜の朝からあなたが起きているということは……勉強会ね?
Aさん そうそう。今日発表する資料を会場で直したいから早めに行くよ。あ、そうだ懇談会のお金をもらえるかな。前回と前々回の分、合わせて1万円あると助かる。
奥さん はいどうぞ。今週は2回目の勉強会ね。勉強会ってお金が掛かるのね。先月は5万円もあなたに渡したのよ。
Aさん しょうがないよ。先月はたまたま大規模なカンファレンスが重なったし、懇談会に出ないと勉強会に行く価値が大幅に減ってしまう。いろいろな人との出会いは財産だからね。
お金が掛かるというけれど、ここで勉強した知識が将来、自分の糧になるんだ。勉強を続けて、いずれはもっと大きい仕事にもチャレンジするつもりだし。
奥さん とはいっても、毎月5万円を貯めていたら、1年したら中古の自動車が1台買えるのよ。勉強したって形に残るわけじゃないのに……。
さて、「5万円の支出」については2通りの見方があります。奥さんが「何も残らない消費」(=資産ではない)と考えているのに対して、Aさんは「自分への投資」(=将来の収入増につながるという意味では資産となり得る)と考えています。
繰延資産は簡単に言うと、Aさんのような考え方に基づいて「5万円の支出を資産と見なす」方法です。
【2】今度は会計のおハナシ
次は、会計の話をしましょう。上場企業のB社は、資金調達のために10億円の社債(償還は3年後)を発行し、社債を発行するために3000万円の手数料を支払いました。
3000万円の手数料は、社債発行の時にサービス提供を受けたもので、自動車のように形があるわけでもないし、長期間使用する性質のものでもありません。奥さん風に言えば「何も残らない」出費です。
しかし、B社の経営者は、「10億円資金調達して設備増強を行うことで、3年かけてビジネスを大きくし、利益を増やそう」と思っています。B社の経営者からすれば、3000万円の出費は、「将来の収入増をもたらす」という意味で資産となり得るものです。これはAさんと同じ考え方です。
このように、「資産となり得る」という考え方は、企業活動においても存在します。そのため、会計では「繰延資産」という項目を用意しています。具体的には、社債発行のための出費3000万円を、繰延資産という資産項目として認識し、最大3年かけて少しずつ費用処理することが認められているのです。
「認められている」と説明しましたが、将来の収入増をもたらすことを理由に何でも繰延資産とすることを認めてしまっては、費用を小さくする(利益を多く見せる)ために繰延資産を濫用するケースが出てきてしまいます。
例えば、「今年の新入社員は2年ぐらい教育してやっとものになる。だから、2年分の給与は将来の収入増のための出費だ。だから繰延資産として認識し、その後で少しずつ費用処理する」といった理屈だってOKとなってしまいかねません(もちろん、この理屈はNGです)。こうした濫用を防ぐために、繰延資産は以下の5つに限定し、かつそれぞれの費用処理期間も限定した上で、計上が認められています。
- 創立費→会社創立の際の出費、最長5年で費用処理
- 開業費→会社創立後、事業立ち上げの際の出費、最長5年で費用処理
- 開発費→新規ビジネス開拓の際の出費、最長5年で費用処理
- 社債発行費→社債発行際の出費、社債が償還されるまでの間で費用処理
- 株式交付費→株式発行などの際の出費、最長3年で費用処理
【3】 あくまでも原則は奥さんの説
繰延資産として計上できる出費について、会計における原則論は奥さんの説です。
すなわち「すでにサービス提供を受けて消費してしまっているものについては、費用として処理するべし」とする立場です。例外的に、B社の経営者のような考え方が許容されていて、繰延資産として計上できると考えてください。
【キーワード】 繰延資産
すでにサービス提供は受けて消費した後だが、将来の収入増加に貢献するという理由から、計上された例外的な資産。例外のため、その適用は5つの項目に限定されている。また、貸借対照表においては、他の資産とは別に表示する。
繰延資産について紹介しました。これはあくまで、財務会計において利益計算をするに当たってのルールです。勉強会の自己投資については、原則も例外もありませんので、皆さんの自己研さんを心より応援しています(時には家庭の空気にも配慮しつつ!)。それではまた。
筆者紹介
吉田延史(よしだのぶふみ)
京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。
イラスト:Ayumi
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