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大王製紙の貸付金問題は、なぜ発見が遅れたのかお茶でも飲みながら会計入門(61)

意外と知られていない会計の知識。元ITエンジニアの吉田延史氏が、会計用語や事象をシンプルに解説します。お仕事の合間や、ティータイムなど、すき間時間を利用して会計を気軽に学んでいただければと思います。

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本連載の趣旨について、詳しくは「ITエンジニアになぜ会計は必要なのか」をご覧ください。


今回のテーマ:大王製紙の貸付金

 2011年9月、大王製紙の元・代表取締役会長 井川意高氏に対する、多額の貸付問題が話題になりました。この事件は、豪遊などの私用目的のために、井川氏が長期間にわたって多額の貸付を同社のグループ会社から受けていた、というものです。

 有価証券報告書には、「関連当事者との取引」という開示項目があります。実は、同社の2011年3月期の有価証券報告書(2011年6月に公表されたもの)を見ると、多額の貸付が行われているという主旨の記載があります。

 今回は、具体的にどういった記載が有価証券報告書にあるのかを説明します。さらに、こうした記載があったにもかかわらず、なぜ有価証券報告書公表時に話題にならなかったのかについても、見ていきましょう。

【1】経営者との取引に注意!

 まず、事前情報を押さえましょう。貸付を行った元手は会社の財産ですから、貸付金が万一返済されなかった場合、一番困るのは会社財産の所有者――つまり「株主」です。そのため、株主はこういった貸付取引がある場合には、その事実を知るべき立場にあります。

 今回の貸付は、井川氏が経営者だったからこそ、成立した取引でした。通常、ただの従業員がほいほいと会社から億単位のお金を借りることは不可能です。そのため、会社の意思決定に深く関与する立場の人間が取引相手の場合は、株主は注意深くチェックすべきなのです。

 この「チェック」のために、会社の意思決定に深く関与する者やその親族を「関連当事者」として詳細に定義します。そして、関連当事者との取引については、有価証券報告書に注記するルールがあります。

【キーワード】 関連当事者

 会社の意思決定に深く関与している人やその親族のこと。代表的には、以下のような人・会社が該当する。主要株主、役員、役員の近親者、親会社、子会社、役員が支配している会社。


 実際に、大王製紙の2011年3月期の関連当事者との取引には、以下のように記述がありました。

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 2011年3月時点で、約23億円の貸付があると分かります(その後も貸付が増加し、最終的には100億円を超える貸付にまでふくらみました)。

 ここで注意しておきたいのは「すべての関連当事者との取引に問題があるわけではない」ということです。例えば、住宅建設会社の社長が、自宅の建築を依頼することはあり得ますし、経営者の親族に専門家がいれば、コンサルティングを依頼することもあるでしょう。

 それらは一般的な取引内容、取引条件でなされている限りにおいては、問題になりません。むしろ、問題となる取引がないことをはっきりさせるために、関連当事者との取引の開示がなされているのです。

【2】 事実発覚が遅れた理由

 次に、事実発覚が遅れた理由について見ていきましょう。

 先ほど読んだ注記は、注意を要する情報であったことは間違いありませんが、この情報だけですぐに貸付行為に問題があるとは断言できません。この貸付が問題かどうかを知るには、資金使途や返済スケジュールなどの詳細を調べる必要があります。

 結局、誰も詳細を調べられなかったために、事実発覚が遅れたのです。そもそも、貸付行為自体は違法行為ではないので、法令違反の観点からの調査はできません。また、いま残っている貸付金も全額回収できれば、直接的な被害を受ける人はいないことになりますし、その可能性も低くはありません。これらの事情があったことも、事実発覚が遅れた原因なのかもしれません。

 取引額や取引内容が開示される場合、経営者は会社との取引に慎重にならざるを得ません。関連当事者取引の開示はそういった抑止効果の観点から、会社資産の保全に重要な役割を果たしています。今後、より一層注目される開示情報となりそうですね。それではまた。

筆者紹介

吉田延史(よしだのぶふみ)

京都生まれ。京都大学理学部卒業後、コンピュータの世界に興味を持ち、オービックにネットワークエンジニアとして入社。その後、公認会計士を志し同社を退社。2007年、会計士試験合格。仰星監査法人に入所し現在に至る。共著に「会社経理実務辞典」(日本実業出版社)がある。

イラスト:Ayumi



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